生活保護や子どもの貧困を描く「流しのマンガ描き」さいきまこさんへのロングインタビュー。
その後編をお送りします。
後編はいよいよ貧困問題を描くに至った事件と、創作秘話。
『陽のあたる家』と『神様の背中』はどのような思いから生み出されたのでしょうか?
貧困問題を描こうと決める
── 何故「貧困問題」「生活保護問題」を描こうと思ったのか、具体的な経緯をお教え下さい。
さいき:はい。実は「貧困問題」をやる前に「発達障害」について描きたくて。そういった堅めのテーマの作品を載せてくれる先として、取材したネームを雑誌『フォアミセス』へ持ち込んだんです。それは無事に掲載されて、そこからのご縁で『フォアミセス』で仕事をさせていただけるようになりました。
── それでやっとマンガで生活出来るようになったのですか?
さいき:なるわけがありません(笑)。最初の段階で編集部に「どれくらい描かせてもらえますか?」とたずねたら「うちの場合、連載以外だったら年に4本が最大です」といわれまして。そこから年間3本ほど描きながら、他の仕事をちょこちょこやって食いつなぐという生活をしていました。そんな生活だから、今はなんとか綱渡り出来ているけれど「老後は生活保護だな」とは考えていました。
── 「生活保護制度」は以前からご存じだったんですね。
さいき:高校の同級生だった友人の弁護士に、老後の生活について相談した時に教えてもらっていたんですね。「老齢基礎年金だけじゃ生活出来ないんだけど、どうしたらよいか?」と聞いたら「それは生活保護しかない」とさらっといわれて。
── 2012年の「生活保護バッシング」の前ですね。
さいき:はい。それからバッシングが始まって「えー! こんなバッシングするようなことなの?」と困惑していました。ただ、これを作品にしようと思った直接の動機は、2012年の暮れに知人がいった、生活保護への無理解からくる心ない言葉を聞いたことがきっかけなんです。
── 心ない言葉ですか?
さいき:その人は安定した仕事や家庭を持って不自由のない生活をしているんですが、「私も生活保護で暮らしたい」と。衝撃を受けました。何故その人がそんなことをいったのか、真意をその後2年くらい考えていたほどです。結局のところ、自分の状況への不満や苦痛を、生活保護利用者へのあてこすりで表現していたんだと思います。そんなふうに、生活保護とはおそらく無縁であろう人が、バッシングが浸透したせいで偏見を平気で口にするようになっているのがショックでした。「生活保護」についてはいずれ描こうとは思っていたんですけれど、その言葉を聞かなければ2013年のタイミングでは描かなかったと思います。
苦労の末の『陽のあたる家』
── そして描かれるのが『陽のあたる家』になるわけですが、企画はすんなり通りましたか?
さいき:いいえ。正直いって女性誌で描けるテーマじゃないな、と思ったんですね。普通にマンガで描こうとすると、ケースワーカーを主人公にして青年誌で連載、が王道だと思うし。
── どこかで見たようなマンガですね(笑)
さいき:社会的なテーマを描くには、仕事でそこに関わっている人物を主人公に据えるのが、問題をフラットに提示するために有効なんです。だから最初、ケースワーカーを主人公にした原作を書いて青年誌に持ち込もうかと考えて。あ、主人公は男性でと考えていました(笑)。でも実際のところ、無名の人間の原作が青年誌で採用される確率はゼロに近い。そこで考えたのが、女性誌の「福祉枠」が使えるんじゃないかって。
── それはなんですか?
さいき:いわゆる「障がいがあっても負けずに明るく生きる」とか「貧乏にも負けず頑張る」といった類の感動モノですね。数年前までの女性マンガ雑誌には、大抵これらの枠がありました。だから「生活保護」のマンガも、うまくやればこの枠に滑り込ませることができるんじゃないかと。
── 作戦はうまくいきましたか?
さいき:最初は編集者にさぐりを入れつつ「困窮に陥った一家が、そこから立ち直るまでを描きたいんです! 感動モノの家族の話として」というようなもっていきかたをしました。そしたら「どうやって立ち直るんですか?」と聞かれたので「えーと、生活保護で」と答えたら、いきなり「それはちょっと」と引かれて。
── その時点でバッシングのきっかけになった事件から1年近く経過し、世間にその価値観が浸透しきっている頃でした。
さいき:そんな反応だったので「言葉で説明するより、もうお話を作っちゃえ!」と考えまして。ばーっとストーリーを作ったんですね。そのストーリーの中に、制度への誤解とか、本来の運用のあり方とかを事例として入れ込んでいけば、編集者の意識を変えつつ説得できるだろうと。それを提出したら「わかりました。やりましょう!」と言っていただけました。
── 作戦勝ちでしたね。
さいき:マンガの力というか、ストーリーの力ですね。ストーリーに仕立て面白く読んでくれる工夫をすれば、人を納得させたり誤解を正したり、正確な知識を伝えたり出来るのだな、と。
── そうして連載が始まりましたが。
さいき:反響は悪くなかったので、連載が終わって「これ、単行本になりますか?」と聞いたんですけれど、「ならない」ときっぱりいわれたんですね。実績のない無名の人間なので、仕方がないんですが。その判断が変わったのは、朝日新聞などのメディアに取り上げていただいたからです。そこから急転直下「やっぱり出します」と。これは本当に、運が良かったとしか言いようがありません。
── 単行本が出て、反響はいかがでしたか?
さいき:出版後、毎日新聞や、朝日新聞に再度取り上げていただいたこともあり、反響はかなりありました。個人的にすごく良かったことは、取材先で「これを描きました」と名刺代わりに出すと、取材を受け入れていただきやすくなったことですね。キャリア年数は15年ありますけれど、作品数は数えるほどなので、単行本を出せたことは奇跡のような話だと思っています。こういうことも人生起こるのね、と。正直、一生著書は出せないだろうな、と諦めかけていたので。
そして『神様の背中』へ
── そして『神様の背中』の連載へと繋がるのですが、こちらは2014年12月のスタートですね。
さいき:前作は生活保護のシステムや運用、よくある誤解を説明するといった、必要最低限の条件は満たしたと考えています。ただ、そのような説明をする必要上、困窮した家族は「万人が見て救うに値する家族」に設定しなければならなかった。すると上がってくるのは「確かにこんな家族のような『本当に困った人』は助けなきゃいけないけれど、そうじゃない人もいるよね」という声で。それに対する答えを提示したい、というのが『神様の背中』を描いた一番の動機です。
── おっしゃる通り「制度」としての社会保障と、恣意的な判断が伴う感情論をごちゃまぜにする議論はよく見られます。
── だから本作では、子どもをほったらかし、先生との約束も破って男と遊び歩いている母親を登場させました。世間でいう「どうしてこんな奴が生活保護なんだ!」と怒りを買うタイプですよね。でも、もしかするとその行動の裏には何か事情があるかもしれない。頭にくる人にあるかもしれない背景に一瞬でも思いをめぐらすことで、バッシングって回避出来たりする。そこは絶対に描かなきゃいけないと思いました。ただ取材しても取材しても足りなくて……。
「この声は絶対拾わなくては」
── 取材中、一番印象に残っていることを教えて下さい。
さいき:やはり最終回に登場する男の子のエピソードでしょうか。最初に作ったストーリーでは、彼は登場せず、最後まで主人公の娘が中心になっていたんです。実は彼にはモデルがいて、実際は高校生の女の子なんですけれど、取材の中で出会い、彼女の声は絶対拾わなくてはいけないと思ったんです。
── どのような経緯で出会ったのですか?
さいき:最初に出会ったのは、去年の夏くらいだったでしょうか。当事者の声をまとまって聞く機会があって。彼女は精神疾患をもつお母さんと二人暮らしで、生活保護を利用していました。卒業後の就職が決まっていたんですが、「これからもお母さんと同居して、ずっと面倒を見て、生活保護から抜けさせてあげたいんです」って自分でいうんです。彼女が自分自身の人生を考えることができなくなっていることに驚きました。それで改めて個別にじっくりお話を聞かせてもらったんです。
── どのような状況だったのですか?
さいき:母子密着が激しくて、自分がいないと母はご飯も食べないんだと。だから、安心して修学旅行にも行けない。疾患のために家の中はゴミ屋敷で、まともに食事も作れない。そんな母から離れることに罪悪感があるのだと。
── 何故なのでしょう?
さいき:私も聞きました。「なんで?」って。「一体誰があなたにそんなことを強いるの?」と。そうしたら、「自分が出会った人100人が100人そういいました」っていわれたんです。「あなたが頑張って」「お母さんのために」と「みんながいった」って。これを聞いた時、これは描かなければいけないな、と強く思いました。これは世間が、私達がそうやって問題を当事者に押しつけて背中を向けている、という典型例じゃないかと。
さいき先生の次回作にご期待下さい
── もっと「これは描きたかった」という箇所はありますか?
さいき:それはもう。入れたい問題も掘り下げたい描写もたくさんありましたが、ページ数がとにかく足りなくて残念でした。たとえば作中出てくる「大川先生」なんかも、彼女が何故あれほど制度に詳しくなったのか、きっとその背景があるんですよ。大学時代にこんなことがあったとか、高校時代にこんな同級生がいたとか。そういった背景をもっと描ければ良かったのですが、「ちくしょー!」という感じです(笑)。
── 次回作の構想などありましたら、お聞かせ下さい。
さいき:腰を据えて取り組む社会問題としては、「母子家庭」を本格的にやらなくてはならないかな、と感じています。ここにはどうしても「頑張っている」ということが美談になってしまう構造があるので。確かに頑張って、仕事・家事・育児のハードワークをこなしているお母さんもいらっしゃって、ご本人も「生活保護に頼らず生きている自分」に誇りを持っているし、世間も美談として褒めそやす。けれど、それは非常に危険なことじゃないかと思っています。本人が無理してまで頑張って、子どもにもしわ寄せが行ってしまうのって、やっぱりおかしい。そういう風にお母さんたちを追い込んでいるのは、世間の目です。そこを描かないとまずいな、と最近思っています。あと、2年前からずっと「ホームレス襲撃」の問題が気にかかっています。ホームレス問題を軸に、襲撃する側の子どもの問題も考えるとか、描きたいことは尽きないですね。
── それは読みたいです! 是非描いて下さい!
さいき:はい! でもまあ…それらを描かせてもらえるかどうか、今回の単行本の売り上げ次第なんですけどね(笑)。[了]