2016年4月、日本の貧困問題に対する提言や生活困窮者支援をおこなっている認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい(以下「もやい」)、広告会社として社会貢献事業を促進するオグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパン(以下「オグルヴィ」)が共同し、キャンペーン「ホームレスベッドコレクション」が実施されました 。

ホームレスの人々が普段寝ている場所をモチーフにしたベッドを製作し、「Homeless Bed Collection」としてウェブに公開
認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいのプレスリリース(2016年5月12日 10時00分)ホームレスの人々が普段寝ている場所をモチーフにしたベッドを製作し、として...

このキャンペーンは、未だホームレス状態で路上で寝ている人が1万人以上いるにも関わらず、そのことに関心を持たない人が多いことが問題だと感じた「オグルヴィ」のクリエーターの方の発案でスタート。今までの支援者層とは違う人々にこの問題を伝えたい「もやい」がタッグを組み、路上生活を余儀なくされる人たちの、不安定な「住まい」を表現した「ホームレスベッド」を実際に製作するとともに、グラフィック・動画・ウェブサイト・SNSなどで展開しています。3台製作された「ホームレスベッド」のうち1台はG7伊勢志摩サミットの会場でも展示。多数のメディアから注目されました。

世界で最も寝心地の悪いベッド、G7 伊勢志摩サミットへ。
認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいのプレスリリース(2016年5月23日 10時00分)世界で最も寝心地の悪いベッド、G7 伊勢志摩サミットへ。

今回は、キャンペーンのクリエイティブ面での仕掛け人である田付潤吉さん(オグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパン アートディレクター)におうかがいし、そのアイディアが生まれた背景と実際の制作経緯、広告企業とNPOが組むことについてお話をいただきました。

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田付潤吉さん(オグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパン アートディレクター

── まず今回の「ホームレスベッドコレクション」が立ち上がった背景をお聞かせ下さい。

田付:オグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパン社内で2~3年前より「ソーシャルな問題をクリエイティブで解決できないか」というテーマで、年間を通じていろいろなアイディアを出すようになったんですね。そんな中で注目されたのが「日本のホームレス問題」なんです。

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オグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパン

日本のホームレス状態の方の数というのは、公表されている数値だと十年間で半分以下になっています。ですが、現実は調査方法に偏りがあり、今現在も相当数の方々が路上を含む不安定な場所で生活しているわけです。そのようなことは実際にあまり知られておらず、それはこの問題が、社会の認識の中からこぼれおちていることを意味します。数が減っていることで問題が解決したかのような錯覚に陥りがちで、解決すべき問題として話題に上ることもあまり無いように感じていました。

だから、今日本が抱える問題なのに、埋没しかかっているこの現実を「今も、路上で生活しているひとがたくさんいますよ」「ひとつの社会問題として、まだ日本に存在しますよ」とシンプルに伝えるために、今回をアイディアを企画しました。

── そうして生まれた「ホームレスベッド」なのですが、そもそも何故「ベッド」という形だったのでしょうか?

田付:路上生活されている方が住まわれている場所は、それぞれ多岐にわたります。ですが、いわゆる「普通の生活をしている人」というのは、なかなか「路上で寝る」ということが想像しにくいのではないかと思ったんですね。なので、できればなるべく説得力を持つ形でその環境を知ってほしい、というところで「ベッド」という形に着目しました。

最初のアイディアを考えた段階では、地面がそのまませり上がってきてベッドの形になる、みたいなイメージでしたね。それでまずグラフィックを製作したのですが、やはりポスターの形だけですと、媒体の特性上、認知を広げることは難しいのではないかと。むしろ、実際にリアルな形でも製作してみれば、さらなる認知度アップに繋がるのではないかと考え、現物の製作に動き出しました。

「ホームレスベッドコレクション」ポスター

── 実物の「ホームレスベッド」製作はどのようなスキームでおこなわれたのでしょうか?

製作資金や展示については、アウトレット家具店のメガマックスさんにご協力いただきました。また、実際の製作作業はミニチュアなどを製作されている美術のプロフェッショナルの方々を集まっていただき、その方々と相談しながら作業を進めていきました。

やはり最初から複数の場所で展示することを想定していたので、本物のベッドフレームを使うのは重量の問題からあきらめ、軽量な発泡スチロール素材を採用しました。ただ、それに単純に色を塗ったとしても本物感はやはり出ないので、実際のコンクリートに近い素材をコーディングするなど工夫しました。プロの手によってディティールはかなりこだわることができましたね。

── キャンペーン拡散の中心を担った動画の製作経緯をお教え下さい。

田付:実物を製作して展示したとしても、当たり前ですがそれはその場所に来た人しか見ることしか出来ないんですね。やはりそれをどうやってオンライン上で拡散させてより多くの方に認知いただくかを考えた時に、「ホームレスベッド」と実際に出会った人のリアクション、あるいは製作構成のメイキングといった「動画」を作り、ソーシャルメディア等を活用して拡散させていく必要があるのではないかと考えました。

実際に新宿の路上を撮影とリサーチを兼ねてまわったのですが、そこでとても印象に残った光景を見たんですね。新宿バスターミナルの長距離バス降り口のところで眠っている方がいらしたのですが、到着したバスから降りるお客さんが彼を全く見ておらず、見えていなかったんです。

すぐ側で寝ている人を見ようとしない。見ようとしないと、「人」として見えず、風景の一部となってしまっている。まさにこの光景が、私達が取り上げようとしている問題そのものでした。

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製作されたホームレスベッド

── 「ホームレスベッド」の一台はG7伊勢志摩サミットの会場でも展示され、貧困問題を周知するという意味において非常に大きな反響がありました。今回の一連のキャンペーンの成果について、アートディレクターの立場から田付さんはどのようにお考えでしょうか?

田付:動画に関していえば、率直にいえば「大ヒットしたか」というとまたちょっと違うなとは思っています。ただ、Facebook上においてメイキング動画は約31万回、トレーラーの方は7万回近く再生されました。Twitter上では約460万インプレッション獲得し、ソーシャルメディア上においてかなり言及していただいたなという実感です。

制作した3台のベッドはメガマックス千葉NT店に5月21日~29日の間展示いただき、そちらでの人々の反応などはメイキングビデオで紹介しています。
メディア掲載については、サミット展示の効果もあり、現時点(2016年6月)で85~90程度のメディアに掲載いただきました。このサミット展示に関しても、輸送などの実務面でメガマックスさんのご協力をいただきました。

単純なコスト算出は難しいのですが、以上を考えると、うまく効果を出せたキャンペーンだったと考えています。

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伊勢志摩サミットでのベッドの展示準備風景

──今後「もやい」だけではなく、このような形で「NPO+広告会社」が組んで社会の問題を訴えていく形が広がっていければ面白いとも考えますが、もしそういった場合広告会社側として注意したい点などございましたら。

田付:今回のように日本のNPOと私達のような広告会社が組む場合、「どこにメッセージを発するか」によってその枠組みついて慎重に使い分ける必要があるのではないかと思います。一般のコンシュマーに対してキャンペーンで発信する場合、やはり広告会社の名前を出すと「何か思惑があるのではないか」と勘ぐられて、どうしても足が遠のいてしまうのではないかと。だから、その場合はこちらの会社名は出さない方がよいと考えます。

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左・大西連さん(NPOもやい理事長) 右・田付潤吉さん

逆に、それこそサミットのような国際的な舞台や政府機関に対してのリリースである場合は、NPOと広告会社の両方の名が入っていた方が、訴求力が高いと思います。

── ありがとうございました!