【その1 基礎知識編】「本人の主体性の尊重が滞納や失踪を防ぐ」:入居支援のプロ・小幡邦暁さんに聞く「生活困窮者に対する入居支援講座」

今年7月から住宅扶助基準が引き下げられるなど、社会的弱者に対する「住まい」をめぐる環境は厳しさを増しています。
そんな中、これらの問題をどう捉え、支援の現場から具体的にどのような解法を見出していけばよいのでしょうか?

「入居」を「支援」する、とはどのようなことなのか?

今回から「入居支援講座」と銘打ち、NPOにて主に生活保護の方がアパートへ入居するための支援に携わってきた小幡邦暁さん(行政書士・NPO法人もやい事務局長)をお迎えし、実践的なアドバイスを伺うシリーズを複数回に渡ってお送りします。
(若干、マニアックなシリーズです!)

まず初回は「基礎知識編」。現状の整理と、生活困窮者が安定した住まいから遠ざけられる背景を伺っています。

小幡邦暁(おばたくにあき)さんプロフィール
行政書士、NPO法人もやい事務局長(5期5年目)。宅地建物取引主任士のほか不動産系資格2種類、FPや貸金業務取扱主任者、日商簿記1級などを取得し、数字を使った生活・入居相談を得意する。1973年11月宮城県仙台市生まれ。1997年3月立正大学文学部史学科卒業。2009年春より貧困問題にかかわる。2010年3月NPO法人もやいでスタッフとなり、2011年7月より現職。2015年4月行政書士事務所設立。2015年8月現在、都内で妻と二人暮らし。

現在の家を借りるという状況

── 小幡さんは2009年頃から、主に生活保護を受給している方がアパートへ入居するための支援に関わってらっしゃいますが、その当時と現在とで、状況の変化は感じてらっしゃいますか?
小幡:まず、生活保護受給者に対する明らかな「入居差別」は根強くあります。先日、相談を受けたケースなのですが、ご本人が「生活保護を受けている」ということを大家さんや不動産業者にいわないで入居されました。隠していたわけではなく、たまたま聞かれなかっただけとのことでした。それが、何らかの理由で大家さんが(受給のことを)知るに至った。するとすぐに不動産業者を通じて「生活保護の人には貸したくなかった。出ていけ」という文章が届いたそうです。同様のケースの相談は、複数の方から受けています。
── 一方で借り手のいない物件が余っているという状況もあります。
小幡:そうですね。私も他の大家さんや不動産業者から「この空き物件はずっと生活保護の人に貸していたから、次の入居者も生活保護の人に入ってほしい。紹介してくれないか」というお話をよくされます。生活保護受給者への差別意識を持っている大家さんがいる一方、(借り手もなかなか見つからないし家賃の滞りもないので)むしろ生活保護受給者に使ってもらえればという大家さんもいる。二極分化していると感じています。
── 背景には何があるのでしょうか?
小幡:要因のひとつに、80年代から90年代のバブル期に投資用物件として造られたワンルームマンションがだぶついています。ユニットバス・フローリング・ロフトのいわゆる「三点セット」と呼ばれるものがついた、押し入れのない物件です。現在では、この物件は「使いづらい」というので人気がなく、なかなか借り手がつかないことが多いです。だが大家さんとしても、それらを建てるのに金融機関から結構な額の借り入れをしている場合もあり、借り手を見つけたい。そういった背景で、不人気物件の借り手として重宝がられているのが、生活保護受給者の方なのです。
── 一面的に「借りやすくなった」あるいは「借りにくくなった」とはいえない複雑な状況になっているわけですね。
小幡:東京都の場合、生活保護制度の住宅扶助費は単身世帯の場合一ヶ月家賃53,700円という上限が決まっているわけで、その上限の中で、実際のクオリティと市場価格に見合った物件が借りられるかというと、何ともいえない状況です。首尾良くアパートに住めたとしても、事実上住みにくい物件しか借りる選択肢がないなど、入居差別とは違う意味での「差別」ともいえる状況が生まれているといえます。

生活保護受給者のアパート入居におこる4つの困難

── 具体的に小幡さんが入居の相談を受ける上で、どの場面でどのような相談が多いのですか?
小幡:「アパートに入居する」というプロセスは、【探す】【契約】【入居】【更新】【退居】の5つが大きな流れとなりますが、相談の現場ではそれぞれに固有の困難さがあります。実際、多い困難パターンは4つですね。

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── どのようなパターンなのでしょう?
小幡:よく相談を受けるパターンは、物件を探す前段階で【福祉事務所のケースワーカーがアパート入居の許可を出してくれない】というもの。さらに探す段階で【物件がなかなか見つからない】という相談も多いです。この2つに加え、更新時にまつわるもので【ケースワーカーが更新料を出してくれない】というものと、入居中あるいは更新時に【別の物件に引っ越しをしたいのだがケースワーカーが必要な費用を出してくれない】という相談。これら4つのパターンで、相談中の6割から7割を占めます。

生活保護受給者の物件探しに立ちはだかる3つのハードル

小幡:さらに【探す】のプロセスに注目すると、ここに受給者が乗り越えなければならないハードルが3つあります。ひとつ目のハードルは【福祉事務所からアパート入居に必要な費用が出ない】。たとえば「アパートを探している」というご相談を受けて、よくよく話を聞いてみると福祉事務所から許可は出ていない、従って必要な費用も出ない。ご本人は、希望として現在の居所(簡易宿泊所や無料低額宿泊施設など)に、これ以上住み続けたくなく早くアパートに移りたい、ということがよくあります。そのような場合、ご本人の状況によって支援の方法がさまざま変わってくるので、丁寧な聞き取りが必要です。
── ふたつ目のハードルとはなんでしょうか?
小幡:ふたつ目は【どうやってアパートを探してよいのかわからない】というものです。これは想像しにくいかもしれませんが、40代・50代の方で今まで一度も自分でアパートを探したことがない、という方が一定数いらっしゃいます。これまで会社の寮や飯場などでの暮らしが長くて、自分で住まいを探して住むという経験を持つことが出来なかった方々ですね。そういった方に「じゃあこれからアパートを探して下さい」といっても、ご本人は途方に暮れてしまいます。
── そのような方へは、どのようなアドバイスをされるのですか?
小幡:まず生活保護を受けている区を聞いて、その区内で探す必要があることをお伝えします。その上で、コンビニエンスストアや金融機関、銭湯などの生活衛生といった「ご自身が暮らしていく上で必要だと考えるお店など」を上げてもらいます。そして、それらが集まっている地域を探して実際に行き、最寄り駅まで歩いたりして雰囲気を見て下さい、と。自分の足であるいてみて、もし気に入ったら、駅前には必ずといっていいほど不動産仲介業者のお店があるので、表に貼ってある物件の張り紙を丁寧に見て、お住まいの地域の住宅扶助費前後の物件がたくさんあるお店に入ってみて下さい、とアドバイスしています。そのような物件の張り紙がたくさんあるということは、その不動産仲介業者が同レベルの価格帯を得意としているということだからです。

本人の主体性を引き出せ~みっつ目のハードルを超えるために

小幡:みっつ目のハードルは【本人が全く当事者意識がない】というものです。この場合、福祉事務所からアパート入居の許可は出ているし、アパート入居にかかる費用の見積り書も持っていて、一見何の問題もないように見えます。ただ、お話してみるといまいち要領を得ない。契約がらみで困ってご相談にいらしているのはわかるのだけど、具体的に何に困っているのかわからないというケースがたまにあります。
── 何故そのような状況になるのでしょうか?
小幡:福祉事務所からアパート入居の許可が出た時点で、地域のケースワーカーによっては不動産業者のリストをご本人に手渡されることがあります。「ここに行って部屋を探したらどうですか?」といわれて。それで、ご本人は、リストを持っていわれた通りに不動産業者に行く。すると業者も「ああ、福祉事務所からの案内で来たのね」と、そうすると生活保護の基準にきっちり合う物件を紹介します。それで入居予定の部屋を下見してそこに決める。ひどいケースになると、部屋の下見すらしなかったという方もいらっしゃいます。不動産業者から「あ、君はこの部屋だから」と決められて、本人もされるがままになっている。
── 格好の得意客として転がされていくのですね。
小幡:そうです。このように扱われると、当事者意識が生まれません。相談の席でも、積極性がないというか、自分がこれから契約してアパートに入るという意識が薄いわけです。ケースワーカーに行けといわれたから不動産業者に行き、不動産業者から相談しろといわれたから我々のところに来た。本人はいわれたから来ただけで、何もわからない。このような本人の意志や納得感を奪う流れは、思った以上に入居後の生活を不安定にする可能性があります。
── 具体的にどのような問題を孕むのでしょう?
小幡:「家賃滞納」や「失踪」に繋がりやすいと考えられます。何故かというと、本人としては納得していない物件に住んでいるわけですよね。すると人間の自然な心理として、何らかのトラブルが起こった時に誰かに相談するなど手間をかけてそれらを解決しようという気が起きづらいわけです。逆にいえば、ご本人の主体性や納得感を引き出すような支援が出来れば、失踪などの「事故」は防げると考えています。

後悔と難しさ

── 小幡さんが住まいの支援へコミットするきっかけはどんなものだったのですか?
小幡:そもそも自分から「入居支援がやりたい」と思って始めたわけではありません。関わりとしては偶然でした。当時、私はNPOにボランティアとして関わっていたのですが、ちょうどその時入居支援をされていた前任者が辞められることになって、入居支援と事務の両方ができそうな人ということで、自分へたまたま声を掛けてもらった、というのがきっかけです。
── 住まいに関して専門知識や特別な関心があったわけではなかったのですね。
小幡:6年前は一般的な知識しかありませんでした。正直、当初は「賃貸借契約」自体まったくわからない、というレベルでした。スタッフになってから勉強し、その一環で資格をとっていったという状況です。
── 今まで対応した中で、強く印象に残っているケースはありますか?
小幡:今でも悔いが残るケースがひとつあります。失踪・行方不明になってしまった方なのですが、連絡を受けて、安否確認という意味合いで鍵を借りて部屋に入りました。ちゃんと生活されていることがわかるお部屋で「どうしていなくなってしまったんだろう?」と不思議に思ってコタツの上を見ると、ヤミ金からの督促状が乗っていました。この方は几帳面な正確で、カレンダーにいろいろな予定を書き込んでおり、1日終わると日付に「バツ印」をつけていたようです。ちょうど督促状が届いたであろう日付まで「バツ印」がつけられておりました。カレンダーの「バツ印」がその日で、止まっておりました。これを見たからいなくなったのだな、ということが状況から想像できました。借金自体は十年前くらいのものだったのですが。
── 弁護士などに相談すれば返済の必要がないケースですね。
小幡:そうです。時効も成立してますし、そもそもヤミ金なので違法です。督促状が届いた時点で相談してくれれば、いなくなる必要なんて全くなかった……。アパート入居時の相談で「借金はありませんか?」「アパートに入った時、業者が住所を調べて督促状を送ってくることがあるから相談してください。必要に応じて、法律家をご案内します。」などと注意喚起したはずなのですが、ご本人へ充分にメッセージが届かなかった。これは悔いの残る対応でしたね。また、こういったことが起こるのが、入居支援の相談対応の難しさだとも考えています。(【その2 実践編】へ続く。記事公開は8月中旬予定です)